vol.7 フリーランスエディター 伏見佳子氏

g862008-01-05

今日はフリーランスエディターとして活躍されている伏見佳子氏のインタビューです。
建築から都市へ横断する非常に刺激的なお話を聴くことができました。


profile
東京都立大学工学部建築工学科西洋建築史(桐敷真次郎研究室)卒業。
大学卒業後、鹿島出版会SD編集部所属。
1987年、フリーランスエディターとして独立。

主な仕事
『SD』(鹿島出版会
『建築を思考するディメンションー坂本一成との対話』(TOTO出版
『世界の美術館』(TOTO出版
『WHAT IS OMA』(TOTO出版
『別冊みかんぐみ2』(エクスナレッジ)他

interview内容
「社会的創造性」
鎌谷―最近僕らが思うのは、建築家がジャーナリスティックな意識や思考に欠けているんじゃないかなということです。こういうインタビュー活動をしてきて、企業家や政治家の方々に色々話を伺ってきて、建築家があまりにも閉塞的でそういう現在の社会のリアルな動向というかジャーナルな部分に対して盲目的であることを実感しました。その中で都市などについてマニフェスティックに語ってるアトリエ建築家の姿があまりに皮肉に思えて、そのことについて果たして説得力はあるのかと非常に疑問を感じています。
伏見氏―そうだね。かつてはあり得たとしても、今ではもうそこには説得力はないに等しいと思いますね。複雑系という概念が数年前出て来た段階で、自身の所だけで収拾がつかなくなっているぞとみんなは何年も思っているわけですよ。それなのに、建築家が内側へ内側へものを作る思考でいれば、他の人たちはそれに違和感を感じますよね。
小林―他では他の分野とコラボレートしていっているのに、デカルト的に要素分解して、さらにさらに細分化されてるからもっと建築も横とのつながりを深くしていくことは今後重要なんじゃないかなと思います。
伏見氏―法律も建築基準法であれ、より専門化されていっているでしょ。だから建築家っていうのも幾つかの層に分かれていくと思う。だからディレクター的な人たちと専門職でやっていく人たちと末端で最終チェックをする人たち、あとは作業工程としては構造やデザインをする人たちだとか。でもそれはやっぱりディレクションする人たちがいて初めて成立するんだけれど、もしプロデューサーが経済の人だったりすると、同じ経済の知識を持ちながらディレクションすることが出来ないとやっぱりミッドタウンになっちゃうんですよね。
山道―そういう意味で藤村龍至さんが新しいデザイン手法を展開していますよね。ディベロッパーの人と一緒に仕事をする時も、条件のリサーチと建築のスタディーが同時に進行していくような段階的なデザインをしていて、そういう部分がこれからはクリティカルだと思います。しかし全くそういうことは大学では教育されません。どの大学でもしていないのではないでしょうか。
伏見氏―でも学校ってたかが6年だからね。建築家って花開くのってずっとあとだからね。だから学校出て24歳ぐらいでしょ。そこからがスタートだから別に学校の時は空間のことだけを考えているということでいいと思うよ。学校の時は学校に浸ってても外に出た途端にいきなりディベロッパー的なことをやらせられるからね。ただ意識としては持っていた方がいいんだよ、その時に柔軟に対応できるように。学校では先生達は逆に社会のことは知らないからね。慶応なんかでは、経済の原理をきちんと理解させている。だからそっちの方が強くなっちゃうと慶応の方がだんだん上にたつようになっちゃうと思う。そうなると建築しか知らないとコントロールされて技術屋さんになっちゃうと思う。藤村龍至さんの『SD2007』の座談会の時に提示されていた、あのチェックリストって今までの建築家的視点から見るとちょっと異常じゃないかと思うくらいビシーっと徹底しているよね笑。でも今まで、チェックリストって出来上がったものに対して作成するのは存在したけど、作るっていう過程のチェックリストって今まで考えた建築家はいない。ディベロッパーとかっていう人たちは建築の要素が頭の中に無いわけでしょ。だから建築家が、このカーブは綺麗でしょっていっても、いくらかかるからやめてくださいと言われてしまうだけだけど、このカーブがあることによってこういうことに利点がありますっていうことをきちんと言葉で言って、それをチェックリストとして藤村さんは公開している。これからは、そういう相手を説得させるための言葉っていうのを建築家もちゃんと用意していかなくちゃいけないと思う。
鎌谷―北山恒さんの代表作のT・N houseは1500万円で建てられたらしくて、規格品のサッシュだとかのモジュールを徹底的に考慮してそれを駆使しながら作られているんですけど、北山さんはこの作品が一番自分の思想も伝えられたし一番気に入っているそうで、やはり建築側からの意匠や思想だけを単に主張するだけじゃなく、そういうリアルな要素を汲み取りつつ自身の主張に変えていくそういうバランス感覚は非常に重要なことだなと思いました。
伏見氏―うんそうだよね。やっぱりアーティスティックなことだけでやっていける人って1万人中の一人だと思うよ。(笑) 建築の設計で10%の人たちがアトリエ系でやっていけて、その中の100分の1ぐらいの人がアーティスティックなことでやっていけるというような状態だからね。
山道―そういう建築家は伏見さんから見て若手の中でいますか。
伏見氏―この前石上純也さんの話を聞いて、この人は人のこと何も考えてないなっていうのが分かって(笑) けどそれがかえって自分の夢見ていることを設計してしまうわけじゃない。ある意味では自由という所では面白いと思っていますね。もしかしたら彼はアーティストになれる唯一の建築家なのかもしれない。
鎌谷―以前石上純也さんが作ったレストランのテーブルを見て、そこのシェフの人が石上さんと友人で色々お話を聞いたんですけど、「僕は石上さんは設計はしない方がいいと思う。アーティストとしてやっていくべきだと僕は思ってる」っていうことを言われていたのが印象的でしたね。
伏見氏―それはどちらを選択するのかというのは、石上くん自身では無くて、クライアントが選択するんだと思いますね。これから出会うクライアントが石上さんに何を望むかで方向が変わっていくかもしれないですね。あと、平田晃久さんとかにしても、これからコンペがどれくらいあるか分からないけど、海外コンペに出してみてどれだけ勝てるのかっていうのを見てみたいですね。やっぱり東京の視点だけじゃなくて、ヨーロッパ、アジア、イスラム圏だとか世界中のモノの価値っていうものを経済の人と同じくらい鑑みながら、東京で培ったスタイルをそのまま海外に発揮するとか、そういう可能性を感じるけどね。
ただ若手建築家ってお行儀がいいよね。伊東豊雄さんの時代は行儀悪かったからね(笑)やっぱりそのころぐらいのパワーが無いっていうか。かつての建築家はすぐに喧嘩がはじまったりとか自己主張が強い人が多かったのに、最近は仲良くしようとするじゃない。自己主張をして何回もつぶされてそれでも主張するということを繰り返してやっていかないと自分の強いものが出来てこないんじゃないかな。最近の若手はやさしそうだよね。(笑)
鎌谷―だからなのか最近の建築はママゴトのようなかわいい建築が増えてますよね。
伏見氏―そうそう。あと白い建築が増えてるのは逆に都市のノイズから自分を守ろうとして漂白しているというような感じがしないでもないよね。けどそれでは建築は大きくならないよ。
「記号化ということ」
山道―去年篠原一男さんが亡くなった時に、磯崎新さんがその追悼論文で「思考の定点を失った」って言われていたんですけど、今の思考の定点はSANAAかもしれないですね。最近の学生や若手建築家の図面表現とかも含めてそういう風に感じられるんですけどどう思われますか。
伏見氏―そう思いますね。やっぱり妹島さん一人の時じゃなくて、SANAAになった時点で強力になったよね。西沢さんも事務所を持ち始めて、お互い好きなことをやりつつ、SANAASANAAでやるというのは、お互いに違うキャラで進められるから、西沢さんだけでもできないし妹島さんだけでもできない。SANAAってル・コルビュジエと一緒だよね。ル・コルビュジエって「白いカラス」っていう建築家としてのニックネームだよね。そういう風にSANAAが強いのは記号になっちゃったからだよね。これが西沢さんだったり妹島さんだったりすると、どちらにしても変わっていくけど、SANAAという記号は変わっていくことはこれはこれで面白いことだよね。
山道―OMAとかも記号化していますよね。
伏見氏―そうそう。レム・コールハースを追いかけてるわけじゃないんだよね。それはAMOとOMAなんだよね。レムはレムで自分でやっていることが別にあって、そのときはレム個人。だからもしかしたら建築家としてのこれからの生き方として別人格を作るというのは有り得るんじゃないかな。別で主張していくことによって社会性を持ち得るものと、個人で存在し得るものっていうのを分裂させておいて、自分の中では共存させておくと。現代の複雑な経済社会になってからは自分で生き方も建築家は考えないといけないよね。コルビュジエの時もきっとそうなんだよね。
鎌谷―やっぱり「丹下」とか「菊竹」とかそういう名前で生きていける時代は終焉を迎えつつあるのかもしれないですね。この複雑な現代社会において一個人がもつ作家性みたいなものが通用せず埋没してしまいやすいのかもしれないですね。大江匡さんもプランテックとして活動
されていたりします。
伏見氏―プランテックで、組織としてきちんとしていますという社会的な信用を得ておいて、個人はいつ亡くなるかもしれないし、作風が急に変わるかもしれないし、企業としては恐いわけですよ。そこでOMAなりSANAAっていうのが必要になってくるんじゃないかな。黒川紀章さんも「黒川紀章」っていうのが記号化しているからね。日本で一番有名な建築家だったかもしれないんだけど、建築家としてのクリエイティビティーなんて全く関係無いっていう建築家なんだけど、記号化しているよね。だからこれだけ流通しているんだと思う。安藤忠雄さんもそうだよね。
鎌谷―その場合その人が亡くなってもその記号って常に在り続けるんでしょうね。
伏見氏―安藤さんの場合もそうだと思うよ。打ち放しコンクリートで作り続ければいいんだよね(笑)
一同―爆笑
伏見氏―だからその「打ち放しコンクリート」っていうこと自体も記号化しているんですよ。記号化しているものを持っていれば持っている程、本人とは関係の無い所で動いているからね。
山道―そういった意味ではクライアントが大きくなればなるほど、隈さんだったら頼みやすいですね。ルーバーで綺麗になるって分かっているから(笑)
伏見氏―笑。まあどっちを目指してどっちが面白いかっていうのは本人の嗜好だと思うけどね。
山道―例えばSANAAには作品を通じて共通の要素があったりします。一方で、そういうものが強まっていくこと嫌う建築家もいて、意図を消すような作風もありますが、どう思いますか?
伏見氏―とりあえず、学生時代は自分の記号を見つけるために人の記号を排除していくのがいいのでは。基本的に学ぶっていうのは、記号化することを避けることを一生懸命考えることが学ぶことなんだから、記号化するっていうことは戦略であって、社会に出てから自分が記号化していって強度を強めるっていうことを、そのときに記号を見つけるっていうことが学校時代から記号化ばかりしてたら自分の記号を見つけるってことが出来なくなってしまうわけですよ。例えばデザイナーの倉俣史朗は、デザイン誌を必ずチェックしていたんですよ。それは自分と同じものがかぶっていないかを確認するために。だから学校で何かを見てそこから影響を受けましたっていうのはそれは恥ずかしいことなんですよ。
例えば、最近、石上さんはポンピドゥーに収蔵されましたよね。やっぱりいくつかシリーズもので作ってみたくなるじゃないですか。でもある時、「あ、もういいや」って変わっていく。今は高さ方向に伸びていっていて、階段で上らせたりっていうのに凝ってて、ずっとやっているけど、これがあまりにも建たなかったりしてまた変わるとか笑。どっかに落ち着くと思います。
山道―記号となりえそうなものを見つけたら?
伏見氏―そう。でもまだ若いから。四十までにつくればなんとかなるとすると、ポンピドゥーに一つ入ったから、あとはやっぱり建築だよね。四十までに作っておけばあとは続いていくと思う。
鎌谷―僕らとしては生き急ぎたいです笑。
伏見氏―笑。やることは結構ありますよ。生き急いでも無駄だと思いますよ笑
鎌谷―でも60歳で大成とか嫌ですよ。
一同爆笑
伏見氏―やっぱり経済のシステムも変わるでしょ。政治のシステムも変わるでしょう。そこに寄り添っていくのが建築家だからね。それのために自分で慌てないでそこに寄り添っていけるようにならないとビルは建たない。
鎌谷―寄り添うっていうのは追いかけるんじゃなくて、、、?
伏見氏―様々なシステムの中で建築家としてのポジショニングはどうあるべきなんだろうかを考えることですよね。経済の人の話をしても、政治の話をしても、デザインの話でも様々なレベルの話があるし、世界がどうなっていくかとか、インフラはどうなっているのかとか、いろいろ情報が錯綜している中自分が建築家として何が出来るのかを考えていく。そのうち自分で何が出来ないのかってわかるから笑。
鎌谷―笑。そこまで到達するのにはやはり時間はかかりますよね。
伏見氏―かかる。大江さんはそのレベルまで唯一到達している建築家かもしれない。
小林―大江さんは経済同友会にも入ってますよね。
伏見氏―それでTBSのブロードキャスターでコメンテーターで出るくらいマスコミにも接続している。
小林―しかも最近の雑誌ではボストンコンサルティングの代表と対談をしていました。ここの代表と対談が成り立つ建築家ってこの人だけだなと思いましたよ笑。
鎌谷―やっぱりあの人も若い頃から建築以外で培ってきたものがあるんでしょうね。
伏見氏―キャラもあるでしょうね。東大の学部生の時代から、違うって皆に言われていたらしいです。別に建築だけをやってるわけではなく交友関係も派手だったらしいです笑。
ロールモデル
鎌谷―今、大江匡さんの話が出ましたが、最近僕らで大江さんはロールモデルとして新しいのではないかとよく話していました。
伏見氏―大江さんが新しい訳ではなくて、大江さんって昔からああいうキャラだから、周りをまったく意に介さないでビジネスマンとつきあってきたんですよ。だから建築家なんていう世界でいきていくのではなくて、ビジネスとして建築を成り立たせるために。もしかしたら大江さんがなくなってもプランテックは残ると思います。
鎌谷―そう感じます。
伏見氏―もともと個人設計事務所だったのが組織設計事務所になるというようなことが大江さんなら出来ると思います。
鎌谷―大江匡さんには建築的な思想はあると思いますか?
伏見―建築的な思想というところで、いわゆる建築手法論みたいなものには全く興味がないみたい。経済界が何を求めているかという意味では反応しているのでもしかしたらもっと上なのかもしれない。
山道―大江さんの事務所ではMBAの研修に所員を行かせたりとかかなり新しい試みをされています。
小林―将来病院の設計があるかもしれないから病院のマネージメントの研修を受けさせたりだとか、工場のコンサルに行かせたり、逆にそこから引き抜いたりとかあるようです。
伏見氏―すごいよね。いろいろなビルディングタイプをやる事務所になればそういったことは必要になってくると思います。レムコールハースのOMA出身者の白井さんは今ロンドンの経済学部でマクロ、ミクロの経済を学んでいます。
鎌谷―それはすごい。
伏見氏―ドバイとかああいうところのファンドレイズ、経済の専門家を自分のところで育てている。
小林―ドバイは今オイル産出国ですけど、なくなることもわかっていて、建築に置換していって将来の観光地化に備えています。お金を持っている人が緑地化をはじめたり動き始めています。
伏見氏―そうそう、彼らはオイルがなくなったあとのイスラムの世界というのを想定している。
山道―これからの事態を想定して建築でストックしていくというダイナミズムはすごいですね。
伏見氏―世界に一つしかない七つ星ホテルがあります。780平米のスイートルームとか。
一同爆笑
鎌谷―ヨーロッパって日本よりも断然建築を建てにくいと思うんですけど、その中でレムが勝ち上がってきたって凄いですよね。
伏見氏―彼はお父さんがジャーナリストでインドネシアで小さい頃過ごしてきて、オランダにもどってそれでNY行って、それからまたロンドンのAAスクールに行って、定着しないというか動きまくるせっかちなタイプでしょう。その自分のせっかちさと世界のサイクルが合っていたんでしょうね。人はついて行かないよね笑。だからプロジェクトチームごとに人をかえる。だから太田佳代子さんは凄いよね。太田さんも黒川紀章の秘書をやったあと、建築都市ワークショップで磯崎新さんの熊本アートポリスをやってそこでレムと知り合って今度はレムのところへ行くという。女として凄いよね。
一同―笑
「都市のダイナミズム」
g86―話は変わりますが、伏見さんから見た東京について聞かせてください。
伏見氏―私も赤坂に住み始めて5年なんですけど山手線の内側と外側ってこんなに違うのかって実感している。みんな気がつかないけど山手線の内側ってやっぱり東京なの笑
一同爆笑
伏見氏―山手線の外側って住宅街というか
鎌谷―そうですよね。
伏見氏―やっぱり社会のダイナミズムは山手線の内側にある。テレビ局やメディアも内側にある。発信する場所は港区とか千代田区に全部集まっている。郊外から考える東京ってやっぱり住宅から考える東京になっちゃうんだよね。
鎌谷―なるほど。
伏見氏―だから私は東京を考える時に郊外からは考えない。東京を考える時は山手線の内側だね。
鎌谷―外側は郊外?
伏見氏―郊外的だよね。昔、山の手って言ったら全共闘世代くらいの人たちまでは東京って言ってました。東横線とか中央線とか総武線は郊外。たった何年かの間にスプロール化して続いてるように見えるけど、でも全然やっぱり千代田区港区、この辺は、企業税収入とか調べてみればわかるけど、それが潤っているところで情報も仕事も動いている。
鎌谷―なるほど。では皇居とかどうですか?
伏見氏―ロランバルトが言った様に東京の中心は空洞。そこがユニークな日本の構造だと思う。
鎌谷―アースダイバーで中沢新一さんが、どこの都市もマクロで見れば合理的に考えられているけれどミクロで見て行くとやっぱり円があって、反対側へ行くには周らなければ行けない等都市の構造について書かれていました。山手線もそうですよね。そこは虚構じゃなくて核になっていると思います。
伏見氏―もともとはあそこは江戸城があって、端なんだけどね。あそこからずっと灌漑をはじめたから今は真ん中のようになっているけど。中心に空虚なものがある円って強い気がします。そこは絶対にものが建たない。
山道―中心が経済のダイナミズムには巻き込まれないという感じですよね。
伏見氏―そう。バルトの『表徴の帝国』ですね。都市として強い。意味は全く違うけれどNYのセントラルパークもそうだと思う。完全に棲み分けの構造を作り出してると思う。
鎌谷―なるほど。
伏見氏―都市を均質に作るんじゃなくて、なんかこう、空洞を作るんだろうね。
小林―ダイナミズムはサイクルという感じですよね。
伏見氏―ぐるぐる回っていくような感じがします。北京なんかも天安門とか大きな広場があったりとか。イタリアのピアッツァなんかもそうだけど。空洞になっていると人が集う。テンションが違う空間が都市に内包されている。郊外って均一でしょう。
一同―そうですね。
伏見氏―空洞がダイナミズムを作るのかもしれませんね。
山道―パリもそうですし、ロシアもそうですよね。
伏見氏―赤の広場がありますね。広場って象徴ですよね。
小林―中国の都市には中心から周りへ高くなって谷になるように高さ制限がされています。
伏見氏―やっぱりそれは風水とかで出来上がってる街だと鬼門があったりとかいろいろ連動していると思います。上野なんかもそういうのがありますね。鬼門があるからお寺を建てたり。
山道―レムのCCTVの大きなボイドも手前の広場に対応して強い象徴性を作りだしています。
伏見氏―そう。レムなんかも象徴性ってすごく好きなアイテムだからね。オランダでは出来ないからね。だからアジアやドバイでやろうという感じだと思います。でもドバイみたいに全部が全部象徴的に作るとくどいよね笑。
鎌谷―あれだとテーマパーク化してしまいますよね笑。
伏見氏―そうなっちゃうとお菓子の家みたいに見えてしまう。
鎌谷―ラスベガスとかもそういう感じですよね。
山道―郊外的に見えてくる。
伏見氏―ビンセントスカーリーとか70年代から言ってますよね。
小林―ラスベガスもストリップ通りだけ中心でちょっと行くと住宅地になりますよね。
伏見氏―都市計画家って言って独立してるところはどこにもなくて、野村総研だったりとか、そういうところが官公庁と組んでやってますけど。そこまで大きな規制は日本ではないけど。でもこのあいだの京都の規制は笑えると思いました笑。10階までしか建てられなくなりました。今20階のタワーマンションとかに住んでる人は老後は売却して引っ越そうと考えてた人も、違法物件になるから価値が下がる可能性があるわけでしょう。個人住宅も必ず和風じゃなきゃいけないとか、色とか素材とか全部決められている。南仏風とか建てられない笑。
山道―原さんの京都駅なんか確実に引っかかりますね。
伏見氏―建ててしまったものはもうしょうがないけれど笑。送り火が見える30数箇所を基準にしてそこから山が見えなくなるようなものはダメとかね笑。
小林―東京駅でもそうですよね。
鎌谷―ミッドタウンであれ、ヒルズであれ、また第二森ビルが建つ予定ですし、やっぱりヒルズとかミッドタウンっていうのは三井不動産であったり、
伏見氏―地所であったり、やっぱりリートで全部動いているから、株と一緒で毎日毎日変動して、そこにはお金が動いてくる。
「都市のダイナミズムvs建築家の白い建築」
鎌谷―そういう資本主義のシステムがあるのに、やっぱり若手建築家は得に閉じこもっている気がします。
伏見氏―さっきも言ったけど閉じこもって自分を守るために白い建築を建ててんじゃないかなぁなんて気がします。それをおもしろがってCASAブルータスなんかでは写真でバーンと撮るけど。
山道―街中で目を閉じてドレスを着ているイメージですよね。
伏見氏―そう。メンテナンスコストとかは一切考えていない。
鎌谷―ヒルズやミッドタウンのデカい建築が資本社会を味方にしているのに、小さな建築が反抗しているようですね笑。
伏見氏―それで私もホワイトノイズシティって言っているんですけど、お互いノイズがどっちなのかって。
一同爆笑
伏見氏―個人の建築家は大企業の建築をノイズだと思っているわけでしょう。でも白い建築は街にノイズを発しているわけでしょう笑。ピピピっていう小さなノイズを笑。
一同―笑
鎌谷―いままで取材でいろんな方々に都市はどう変わっていくと思いますかって聞くとヒルズやミッドタウン等のビルの話が出てきて、都市はどう変わってきましたかって聞いても西新宿の京王プラザから始まる一連のビルの話が出てきます。そういったものが都市を形成しているっていう僕ら自身にも無意識に思っています。
伏見氏―建築家の住宅作品はクライアントの共同作業でもある。汚れがつくととても格好悪いんですよやっぱり。維持していくのはものすごく大変。だから建築家の白い作品を見るとクライアントがすごく協力してくれてるんだろうなと思う。
鎌谷―白い建築は一過性のブームのようなものですかね。
伏見氏―このブームは去らねばならぬと思っています笑。このままで行くと建築家は萎縮してしまうよね。
山道―白いだけじゃなく壁も薄く柱も細くなっていき、これ以上自己満足以上の可能性はないと思います。3年の設計課題のあと構造家の金箱温春先生と直接お話する機会がありまして、先生もこういったやりかたをしている建築に未来は無いとおっしゃっていました。
伏見氏―まさにそうですよね。自分を追い詰めているだけだと思います。自分の建築を消そう消そうとしていますよね。今いる巨匠達が建築界にいまだに巨匠として生き残っているのは社会と戦う意識があるから。白い建築は社会と共存するために消えようとしているんだけれど、基本的には共存するには戦う相手と同じだけの力を持たなくてはダメだよね。
だから建築家は内に篭っているだけではダメで、いろんな人とコミュニケーションをしなければ。ある意味,SDレビューなんかは建築の自己満足の最たるもので、ここを通過したあとは社会からは叩かれるよと言っている。自己満足の最初で最後の舞台だけれど、ここで賞を取っても講評でみんな酷いことを言われる。
社会学者/建築家」
鎌谷―コミュニケーションの話が出てきましたが、建築家が社会学者と協業する事についてどう思いますか?
伏見氏―社会学って範囲が広くて、自分でテーマを見つければ、何とか社会学という形で研究できる。だから無限に広がれるよね。もちろんあたりもいればはずれもいる。建築と関わりを持って、それを広げていく方向に、いく社会学者とか、ある意味ではブレードランナー的にならないような、未来を語ってくれるような、社会学者ならいいけどね。本当ならば、社会学者ならば、開かれてなければいけないと思うけど、自分の経験則に基づいた論点で話をすることが多くて、それは社会学じゃなくて、私生活学者みたいな感じじゃないかと思う。笑
一同―笑
鎌谷―『東京から考える』にしても、自分の体験から基づいて語られていますしね。
伏見氏―そう。私小説っぽいところがおおい。だから建築家も住宅の話になってしまうのだと思う。もっと社会のダイナミズムについて客観的に、正確な情報をもとにして、話をして行く人と話をしない限り、住宅とか家族論とか郊外論とかになってしまって、建築家にとってありがたいものではない。東京の中心で起こっているダイナミズムについて語れる人を探し出さないとね。
鎌谷―ああいうのは、サブカル的でキャッチーなんだけど、あれは正しいのかと思ってしまいます。
伏見氏―面白い事は面白いんだけど、例えばアキバとかセンター街とか、経済に動かされている、そういう大人たちからお金をもらった人たちがそこでお金を吐き捨てる場所じゃなく、お金を生み出すところに関わっている社会学、経済学者、社会経済学者って言うのもあるよね。そういう人たちと組んでいく事が、何かを築く事になると思う。宮台さんや東さんは、現状を観察して報告はしてくれているんだけど、それは結果にしかすぎない。今から造り出す側にいる人たちと、建築家が組んでいかないと。
山道―コンサル等と組むとかありえると思いますか?
伏見氏―コンサルまでいってしまうと、あの人たちはお金儲けのために意識的にやっているから、やっぱりもっと学者的な眼で、東京を観察している人はたぶんいると思う。
鎌谷―宮台さんとか、特殊な例しかあげていなくて、そこから全てを語っているようで。
伏見氏―ただ、人間個人のユニークさに行く社会学ではなくて、都市のダイナミズミとか経済とか目に見えない者の、本質をつこうとしている人は面白いと思う。
伏見氏―社会学者と組んでいくのも、社会の組み立てを理解するのは大変だからかもしれないんだけど、さらに建築としてはロジカルな方に入り込んでいく訳だから、つまらない方にいってしまうのが危険だなと。真面目なのはいいのだけど、やっぱりやんちゃなところがないとね。人に面白いと思わせるような。ディベロッパーと同じ立場に立った時に、ディベロッパーと同じようなものをつくるようになると最悪だよね 笑
鎌谷―それが僕らが普段陥りやすい罠ですよ笑。ロジックで固めて、それが全てつじつまが合うと、おっしゃ!って笑。でも冷静に客観的に見ると、「面白くない、、、」って。
一同―爆笑
「思考の断絶」
山道―藤本壮介事務所の所員さんも、すごくロジックを組み立てると聞きましたが、藤本さんはそれを拒むらしく、それまで所員さんが積み重ねたロジックをわざと切ったりするそうです。建築における思考の断絶だと言えると思います。
伏見氏―思考を断絶しないと次ぎに進めなくなってしまうくらい、建築って大きくなっていく。予想した範囲は思考が連続できるけど、予想外の事がおこると、思考が不連続にならざるを得ない。例えば伊東さんのせんだいメディアテークの柱が、これは通常のやり方では組めない、となった時に、じゃあ造船をやっている人に鉄骨組んでもらおうということになり、最初は柱は隠したいきゃしゃなものだったのに、柱が主張するようになってしまって、意図とは違う不連続が起こる訳。でも予想外の事が起きて、プラスになる。そこで不連続の思考によって、とぶ事が怖くなくなる。頭がいい人が陥りやすいのは、全部想像の範囲に納めようとして飛躍できないこと。建築家は自分の思考で予測できる範囲を広げようと思って、人と組んでいるんだろうけど、本当は建築って、それをとびこえるだけのものを与えられた時に、本当にぶっとんで、えーってなって、不連続を経験して、初めはすごく反省して、どたばたじたばたして、でも作って、それでぬける。
山道―隈さんでも妹島さんでもある時、化ける不連続の瞬間がありましたよね。
伏見氏―そうですね。そういう瞬間って建築家を見ていて、見ものですよね笑。
鎌谷―僕ら学生なんかは特にロジックだけ固めて、あまり面白くないものを作る傾向があるかもしれません。
伏見氏―頭がいい人はそうなんだよね。自分が見えている範囲で、見えているから進む。勇気があるとかハチャメチャだっていうのは、見えてないのに進んでいくことだよね。
自分が本当におさめられるのかわからないんだけど、この方向でやってみたいとか、最終形態を最初に浮かべるんじゃなくて、何をやりたいのかという、プロセスを楽しんじゃう。最後にできたものを受け入れる。だから体力いるよね。
最終形をイメージしてしまうのは知力だけでいけるけど。それだと建築って住宅から絶対抜け出せない。だって普通想像できるのは住宅くらいだもん。だからがつがつブルトーザーで進んで最後までいくようでないと!笑
g86―わかりました笑。今日はありがとうございました。
伏見氏―いえいえ、こちらこそ楽しかったです笑。