vol.27 森山 茜

今回は、ストックホルムで活動を始めた森山茜さんのインタビューです。日本で建築を学んだ後、スウェーデンでテキスタイルを学んだ森山さんの作品遍歴と、いま考えていることについてお聞きしました。
※このインタビューは2010年の7月にストックホルムで行いました。



ストックホルムのスタジオ



photo: Jonas Isfält
森山茜(もりやまあかね)

1983年生まれ。

2008年京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科(博士前期課程)建築設計学専攻修了

ペトラブレーゼの主宰するInsideOutside(オランダ)でのインターンを経て、スウェーデン政府給費留学生として2010Konstfack/University Collage of Arts, Crafts and Designテキスタイル学科修士課程修了。在学中より、建築空間におけるテキスタイルを用いた作品を発表する。

現在はストックホルムにて活動中。主な作品に「O邸のカーテン」(建築設計:中山英之)、展覧会「Go Blanc」(ストックホルム)など。
ホームページ http://akanemoriyama.com/


interview
聞き手:坂根みなほ(g86)


建築からテキスタイルへ

坂根|今日は、日本からスウェーデンに至る経緯も含めて、時をさかのぼって話を伺っていこうと思います。
 茜さんの京都工芸繊維大学大学院での修士設計作品である「mille-feuille」(トウキョウ建築コレクション 2008 宮本佳明賞受賞)という作品は、布を重ねることで空間をつくっていました。また、修士 1 年の時にインターンをされていたオランダのインサイド・アウトサイドは、テキスタイル/ランドスケープデザイナーであるペトラブレーゼ率いる事務所であることなど、当時からテキスタイルと建築の関係について考え始めていたと思います。

まず、修士の時の話から聞かせてください。

森山|学部、修士ともに建築意匠の研究室で学びました。学部の卒業設計が終わって、これから自分が建築にどう関わって行こうか模索していた時に、先輩からたまたまペトラブレーゼという女性が率いるインサイド・アウトサイドというテキスタイルやインテリアと同時にランドスケープのデザインを手がける事務所の存在を教えてもらいました。

 建築に対して独自の切り口でデザインを行う集団で、そのスタンスがとてもいいな、と思いました。とりあえずこの人達がどんな人達でどういう風に働いているのか会って確かめてみたいな、と思い、インサイド・アウトサイドへインターンをさせてもらいたいという手紙とポートフォリオを送りました。幸運にも受け入れてもらえ、早速行ってみたら想像以上に素敵な仕事場だったんです。
 いい音楽と空気が流れる中で皆テキパキ仕事していて、楽しくて笑いの絶えない場所でした。彼女たちの働き方がそのまま建築へのスタンスとして作品につながっていると感じました。建築設計事務所とはまた違うアプローチの仕方、そして働き方をしていたと思います。側面とみなされがちなところから建築のことを真剣に考えている。そういうふうに建築に関わっていくのが自分にあっているな、と実感しました。

 インターンを終えて日本に戻った時に、まず一番可能性があって面白いと思ったテキスタイルという素材から初めて、それがどう建築に関われるのか自身の手で確かめながら探りたいと思いました。なんとなくピンときた学校がスウェーデンストックホルムにあったので、そこに志願することに決めました。
 なので、修士制作は最初から大学院修了後にスウェーデンの学校のテキスタイル学科へ持っていって会話ができる作品と考えていました。私が建築からテキスタイルの分野にきてどういうことが出来るのか、こんな面白い事が出来るかもしれないということを、言葉もバックグラウンドも違う人達と共有できる何らかの面白いものを提示したいと考えました。



修士制作作品"mille-feuille"


坂根|どういう作品だったのですか。

森山|テキスタイルで建築を作ることの可能性を利用した陶磁器の美術館の提案です。テキスタイルに建築においてどんな可能性があるかとい うところから自問自答を繰り返して1/10,1/20,1/50 のスタディ模型を沢山作りながら進めていきました。
 でも作っても作ってもゴールか見えず、途方にくれてばかりだったのですが、製図室で私の机の前を通りがかった人を捕まえてはそこに転がっている模型を見せて意見を聞いたりしながら、少しずつ手がかりを見つけていきました。そこにいてアドバイスをくれた友人達、そして叱咤激励をしてくださった先生方のおかげでなんとか前に進んだプロジェクトでした。

坂根|そのスタディというのは、布がこう垂れ下がるとこういう空間になるとか。

森山|建築空間をテキスタイルという素材からの視点で捉え直すと、光や経験がどうなるかという探求です。その一連のスタディは今でも実寸大で続けていることです。

坂根|その作品でコンストファック(Konstfack University College of Arts, Crafts and Design / スウェーデンの国立芸術大学)に志願したんですね。コンストファックに入ってからのテキスタイルの勉強では、マスターコースでしたが基本的なテキスタイルの勉強は自分でしたんですか?

森山|学校に入る前に織りの短期講習にいったり、入学して最初の数ヶ月に、基本的な染織などの技術を学ぶコースがありました。クラスメイトはすでにテキスタイルに関する豊富な知識があったのですが、私は全てが初めてだったので本当に何も知らない赤ちゃんのようでした。

 もちろんテキスタイルには様々な技術あり、歴史があるとても奥の深い世界なので、2年間なんてテキスタイルを知ろうとするには本当にわずかな期間です。ただ、私はある特定の技術の職人になるために来たのではなく、テキスタイル側から建築的視点にどういうものが必要かを提案出来るようになることが第一に重要だと考えました。建築に対してテキスタイルの側から見えるものがあるはず、と。とはいっても、いろんなことがわからないことだらけですね。
 ファッションやアートの経験の豊富なクラスメイトや先生方に沢山の事を教わりました。温かい周囲の状況に本当に感謝しています。テキスタイルだけでなく、様々な国籍や分野の人が混ざった学校はとても刺激的でしたし、いろんな立場から把握して自分のしていることを説明することの大切さも知りました。建築の分野では常識のことがテキスタイルの分野では全く通じなかったり、日本では当たり前のことがスウェーデンで当たり前ではないと発見したり。


O邸

 
O邸(建築設計:中山英之 カーテン製作:森山 茜)


坂根|中山英之さんが設計した O 邸のカーテンを制作することになったのはコンストファックに入って1年経ったころですね。森山さんにお話がきた時点で設計は割と進んでいたのでしょうか。

森山|そうですね。その時点で既にファサードがカーテンというのはとても重要な要素でした。

坂根|スウェーデンにいる茜さんと日本にいる中山さんとの間で打ち合わせが始まったんですね。カーテンのイメージは中山さんから伝えられましたか?

森山|中山事務所からは最初に『トラッドで、レディーメード感があって、でも少しアバンギャルドがプラスされた』ものを目指したいという言葉がありました。お互いに徐々にイメージを共有しながら模索していき、どういう生地なのか、どういう色なのか、どう開閉するのか…
 色んな素材や方法を試しましたね。最終的にはとてもシンプルなものになりました。

坂根|スウェーデンと日本の間でのやりとりは大変でしたか。

森山|メール、スカイプそしてサンプルの郵送を通して進めていったのですが、距離や時間の差はむしろプロジェクトを楽しくする要素だったと思います。何か対話の糧になるような素材を見つけたらすぐに切手を貼って封筒で送るようにしていましたし、ストックホルムと東京という、時間の流れや空気が全く違うところで、同じ京都の一つの空間について一生懸命考えているという状態はとても発見的でした。

 ストックホルムで実寸大のスタディをし、素材を探しにいき、東京からはイメージを伝えるスケッチや模型、現場の写真、時には古い雑誌の切り抜きが送られてきたり。取り付けの時までに実際に会っての打ち合わせはありませんでしたが、そのことによる大きな問題はなかったと思います。



ストックホルムでの原寸大スタディ


坂根|ドレープが綺麗ですね。

森山|高さが約 7m あるカーテンなので、劇場のカーテンのようにロープを裏から引いてカーテンを畳むようになっています。どのポイントで裏側からのロープを吊ればいいのかなど、実際に試してしてみなければわからなかったので、実寸大を作ってみたりもしました。

 また、どう布の自重を支えながら建築本体とつなぐか、ということを考えたとき、ジーンズのジョイントの部分のデティールがなぜ強いからということも考えたりもしました。そうやってファッションのデティールを参考にするような部分は服と繋がっているなと実感しました。大分試行錯誤しましたが、掛かった時は本当に嬉しかったです。あのカーテンをこれからも使い続けていただければとても幸せに思います。


draped flower


draped flower


坂根|そのプロジェクトの後、コンストファックでの修士制作が始まったんですね。私も設営を手伝わせて頂いて完成を見る事が出来ましたが、とても楽しくて素敵なプロジェクトでした。

森山|スウェーデンの王室専属のフローリストとお話をする機会があったのが制作のきっかけでした。彼は国王が世界中を旅する時について行き、現地で王の出席する晩餐会などの花のアレンジを行う人です。場所や状況によって選ぶ花の香りや色から、どんな花がこの国では尊敬されているとか、色んな国の花の状況を事前にリサーチをするという話を聞いて、「旅と花」の組み合わせって面白いなと思いました。

 O 邸のカーテンはスウェーデンで制作したものをトランクに詰めて日本に持っていったのですが、その時にも布は移動できるのがいいなと感じていたんです。そんな背景があって、花のカーテンを作ったのがこの作品です。このカーテンには小さな花入れが挿せるようになっていて、そこには水と共に生きた花を生けられるようになっています。花入れの位置自体がパターンになっていて、それがカーテンの襞を作るようになっています。

 カーテンを色んな場所に持って行って、そこに好きな花をいける。花は場所や季節によって違うし、そこに生けるのは一輪でもいいし沢山でもいい。どんな時に、どんな場所にいるか、どんな人が生けるかでカーテンの様相が全く変わってくる。

坂根|カーテンを持ち運ぶという考えは面白いですね。

森山|例えば引っ越しをして新しい部屋にきたとき、窓にカーテンがかかるとちょっと落ち着きますよね。

坂根|そうですね、自分の空間になるような。

森山|そういう手段になるかもしれませんね。

坂根|構造は織りではなく編みの構造を用いていますね。

森山|最初は織で作っていたのですが編まれた構造は少し伸びたり縮んだり動く余裕があって、そのルーズな感じと生きている花の相性が良かったんです。伸びるということを積極的にとらえて作りました。



坂根|花も造花ではなくて生花を使っているので緊張感がありますね。

森山|一輪の花があると何もない部屋でもなにか取り持っていることってありますよね。J.L.ゴダールの「小さな兵隊」にそんな部屋がでてきたのを覚えていています。

坂根|例えばお祝い事があったときに花を飾るとか、花を生ける行為そのものが日常に花を添える行為ですね。普通のカーテンがただ開け閉めして部屋を隠すようなものであるのに対して、より人間のライフスタイルを作り出すカーテンになるのがとても良いと思いました。食卓に花を添える感覚でカーテンにもっと関われる。

森山|そうですね。それがどんな花でも、花を生けてそれが空間の一部になることが楽しくなれば、と思っています。例えば、初めての場所でもスピーカーから自分の好きな音楽を流したらその空間がぐっと自分に近く感じると思います。
 同じように、もし自分の選んだ花が空間の一部を作ることができればそこに流れる空気をどこか自分に近いものにできるのでは、と考えています。そして周りの人と素敵な音楽を共有するのが楽しいように、このカーテンを通して花の色や香りを周囲と共有できればいいな、と考えています。



坂根|朝から近所で野花を摘んで来てカーテンに挿しましたね。特にタンポポが良かったです。

森山|そうそう、あれは気づいたら後で綿毛になっていて!

坂根|タンポポが沢山咲いて黄色かったカーテンが、いつのまにか真っ白な綿毛のカーテンになっていたという!

森山|水をやるのを忘れていただけなんですけどね。でも水を替えないでドライフラワーにするということもできますね。

坂根|展示のときは、部屋の内側に色のある花をさして、外側にはカスミソウを挿したら、そっちは森みたいになって、カーテンというよりランドスケープのような感じでした。

森山|ランドスケープに憧れを抱いているところがあります。京都の庭や Per Friberg(スウェーデンランドスケープアーキテクト)の作品は本当に尊敬します。

坂根|作品名は draped flower ですが、これはどういうことでしょうか。

森山|ドレープされた花。Drape は動詞で、ドレープ(襞)をつくるという意味と私は捉えています。


テキスタイルと建築のこれから

坂根|布から空間を考えるようになって、建築の見方も変わってきましたか。

森山|ますます建築が好きになりましたし、新しい発見も増えました。先日グンナール・アスプルンド設計のヨーテボリの裁判所に行ったのですが、カーテンレールの取り付け方が建築全体と呼応していて、建物をよりいっそう魅力的にしていました。以前はそういう見方をしませんでしたね。

坂根|以前オランダに行った時、レム・コールハース設計のクンストハルでインサイド・アウトサイドがデザインしたカーテンレールが綺麗に天井に曲線を描いていて驚きました。

森山|あのプロジェクトはインサイド・アウトサイドが割と早い設計段階から関わっていたと聞きました。そういう風に、プロジェクトの根本的なところから加われることが出来ればより実験的なこともしやすくなりますね。

坂根|今後、どのようにテキスタイルと建築の可能性を考えていきますか。

森山|この前、マッツエックというスウェーデン振付家が振り付けをした「Orphée」というダンスが多く取り入れられたオペラを観に行ったのですが、あるシーンで、シルクハットをかぶった二十人くらいの人達が突然ハンカチをパッと出して、全員同時にひらひらひらと落とすシーンがありました。
 そのハンカチが群れて落ちた瞬間、舞台の空気がふわりと劇的に変わったんです。誰かがハンカチを一枚だけ落とすのは日常生活であるかもしれないけれど、二十人くらいの人達くらいがいっぺんに落とすってなかなかないですよね。その二十枚くらいのハンカチが空気抵抗を受けて同時にゆっくりと落ちる光景は、ハンカチの存在自体よりもそこに空気が存在することを表しているようでした。それを目撃したときに、自分は彼のような素晴らしい振付けはとても出来ないけれども、もしも何か私ができることとしたら、そのハンカチがどんな素材か、どういう色か、どういう大きさなのかを真剣に考えることだと思いました。

 たとえばそれが絹だったら、光を反射しながらツルンと落ちるけれど、麻だったら割とパサッと落ちて、それが 100 回洗った麻だったらもうちょっと柔らかく落ちるとか。ハンカチ一枚でも重力と出会ったとき、その質の違いから空中でどう振る舞うかに差が出るのだろうと思いました。数時間に及ぶオペラの中でたった数秒の出来事でしたが、その瞬間は舞台に魔法がかかったようでした。オペラを振付家として全体から考える人がいれば、たった一瞬舞うハンカチの落ち方から全体を考える人がいてもいいかもしれない。どちらにしろ、そこで観客が体験する空間は一つです。
 建築においても同じように考えています。様々な視点があることを肯定的に捉えていきたいと思っています。いろいろな人と共同しながら、素材の可能性を発見していければ素晴らしいな、と思います。

坂根|これからもとても楽しみです。今日はありがとうございました。

(all images from AKANE MORIYAMA)