vol.6 東京R不動産 林厚見氏

g862007-12-10

今回は東京R不動産の運営メンバーであるSPEAC inc.の林厚見氏のインタビューです。
流通と設計を包括的にデザインするという興味深いお話を聞くことができました。
なお、以前お伺いした株式会社ソウエクスペリエンス代表取締役、西村琢氏にも参加していただき、座談会形式のインタビューとなっています。

林厚見氏
SPEAC inc. パートナー
1971年東京生まれ。
東京大学工学部建築学科、コロンビア大学不動産開発科修了。
1997年よりマッキンゼー・アンド・カンパニーにて諸業種大企業の経営戦略コンサルティングを行う。
2001年株式会社スペースデザイン入社、2002年より財務担当取締役。
財務、経営企画及びサービスアパートメント、サービスオフィス等の開発における資金調達、業態企画、プロジェクト管理等に従事。2004年SPEAC,inc.を共同設立。
interview内容
「東京R不動産」
g86-建築家が都市論を語っていても、彼らの仕事は実際には都市から乖離した閉じた“建築界”でしか動いていなかったり、アトリエ建築家に関して言えば常識的なビジネスの論理から乖離していて社会について語っているのにあまりにも社会的でない気がします。
林氏-確かにそういう部分はありますね。
山道-はい。
鎌谷-量的に社会に影響があるのは、ゼネコンであったり組織事務所であって、思想的にはアトリエ建築家の方が社会的であるはずなのにパワーバランス的に社会にコミットできておらず不完全燃焼なのではないかと思います。そこに僕らは疑問を持っています。
林氏-それに対して、どういうアプローチならばプレゼンスを持ちうるのかについて、仮説は持っている?
山道-それは模索中です。
林氏-まさに僕も大学在学中からそういうことはずっと考えていました(笑)。
西村氏-林さんはちなみにどういった仮説を持っていますか?見てるとなんとなくわかりますけど笑。
林氏-東京R不動産はそのための一つのツールであったり、楽しみであったり、思いの表現ではあるけれど、別にあれが劇的にメインストリームを変えるとは思ってはいません。ただ一つのきっかけとして膨らますつもりはあります。
g86-東京R不動産について具体的にお話下さい。
林氏-まず世の中には色々な建物があります。戸建や賃貸のマンション、ビル、オフィス、商業店舗、ショッピングモール、倉庫、そしてパブリックな施設がある。だけど実際にアトリエアーキテクトが表現できるフィールドとしてあるのは戸建や美術館などであって、あとは商業店舗とかでしょうか。一方東京の都市の風景を構成しているものはオフィスビルやマンションで、賃貸や分譲など事業用不動産や販売用不動産がかなり多くのポーションを占めている。ここが僕の領域です。この領域というのは、実はデザインでいろんなことが出来る余地があるし、それは街に対して最終的にインパクトを持ちえるのではないかと。そこで僕ら的に言う良い物というのがはびこるダイナミズムをつくらねばならない。そこできちんとデザインされたものがはびこる状態を生むならどうすればいいかと考えます。まずマーケットがあって、それに対しサプライヤーがいます。マーケットがサプライヤーに対してバリューを感じる、つまり余計なお金を費やすようなニーズについて考えます。
g86-そのバリューはデザインによって付加されるものだと。
林氏-いや、実際は、例えばオフィスを選ぶとき世の中の95パーセントの会社や個人は、十万円の家賃で探してる時に十二万円でカッコイイものを見つけたとしてあなたは払いますかっていうと意外に払わない。それぐらいリアルなマーケットは簡単にデザインによってプレミアムバリューは生まれない。ただそういうのを求めるような人が増えれば生まれやすくなるとは思います。だからマーケットに対しては啓蒙活動をしましょうというのが方法として一つあります。サプライヤーに関して言うと世の中のイケてない一級建築士事務所は圧倒的に安く早く作る努力をしています。事業として“こだわらなければ”非常にハッピーなものを頑張って提案してくれるわけです。それで、アトリエ事務所に頼むと何をやるかっていうとずっとこうやるでしょう(目を細めてボリュームスタディーした模型を眺める真似をする)。お金よりデザインが大事な人でない限り、これはやはり困ったものなのです。
g86-笑
林氏-この空間が、こうなっていて綺麗ですよと言うでしょう。でもそうは言ってもオーナーは、二億三千万円でカッコいいものを建てるより二億円で建てたほうがありがたいんです、大抵は。でもアトリエ建築家がそういったことに対してどのくらい正面から向き合うかというと、あまりしてないといわざるを得ない。GAとか新建築とかのメディアに載りたいだとか、そういうことにはチャレンジしているけれど。ただしそれはもちろん一つのスタンスとしてはアリで、安ければいい、儲かればいいという施主の仕事はやらないと割り切るのは建築家としては立派だとも思います。ただしそうであれば「もっとフィーが高くなきゃ割りに合わない」と文句はいえない部分があると思います。フィーは経済貢献の度合いで決まるのは当然ですから。つまり建築家が持っている能力を生かして商品企画をして、イケてない一級建築士事務所だったら十万円でしか貸せないものを十一万五千円で貸せるようにできればよい。しかもそれもスタディーに2年間考えているとそれは「商品」としての事業用不動産としては成立しません。そういう部分の目線を含めて努力してマーケットが出来てくればそれは蔓延る。つまりその構造を作らなきゃいけないということなんです。
g86-なるほど。
林氏-それで今僕らがやっているこの啓蒙活動をするために東京R不動産というサイトは、ある種の価値のあるものを、それを理解する人にマッチングさせることで、マーケットを最適化するための流通を作るということです。あとは最近設計室も設けたのですが、北川原事務所出身の宮部浩幸が率いています。経済価値を上げるための商品開発としてのデザインをソリューションと捉えた設計活動をしています。要するに変な言い方をすれば、「いいものが儲かる世の中でなければカッコいいものが蔓延るわけがない」、つまり「カッコいいものが利益を生まないのならば、利益を生むようなカッコよさを追及するベクトルで設計者が動かない限りはそれが汎用性を持って広がっていくことはあまり無い」と。でも賃貸オフィスじゃなく本社ビルなんかだとマーケティングじゃなく施主の意思と表現で作ってしまう。例えばLouis vuittonが作りたいというときにはマーケティングというよりもブランドアピールだからそれは青木淳さんのような建築家がバシバシとやってそこにコストもかける。その結果LVグループのブランド力アップという経済開発を生んでこれが物凄いお金を生み出しているわけです。ここは対話は必要だけれど、「商品開発」とは少し違う。賃貸オフィスっていうのはデザインでがんばっても大抵は収益が上がらないんですよ。だけど今はだんだん“上げられる”ようになってきていると思っている。やり方次第で。
鎌谷-デザイナーがより質がよくてマーケティングのニーズにこたえるというような課題もありますし、ディベロッパーでとかファンドの意識というのも一つの問題だと思うのですがどうですか?
林氏-ディベロッパーやファンドっていうのは要はマーケット次第なんです。お金を出す人は基本的に資本主義社会の中で一生懸命生きているわけで、マーケットが評価してくれるデザインなら喜んでさせますよ。だけどまだ、建築家に頼んでもなかなか利益が上がるようにはならないのが実態。それは受け手の問題も、つくり手の問題も両方ある。でも世の中の建築家全員がビジネスについて考えたら面白くなくて、むしろ才能ある人は、自由度の高い戸建やパブリックだけでやって、ビジネスなんかの余計なこと考えないで純粋に空間だけを考えてくれと言いたい(笑)。そういう人は一部でいいとは思うけど。

「アトリエ建築家とゼネコンの棲み分け」
鎌谷-アトリエ建築家とゼネコンというような棲み分けについてどう思いますか?
林氏-棲み分けされて然るべきだと思います。要はゼネコンはこういったことをよりパワフルによりいい形でとまじめに努力しているんだけれど、規模が大きいと制約も多く、デザインでそれほどチャレンジできないというのはあるでしょう。少なくともキチンと会社の業務を遂行するためにちゃんとしたハコを作ろうとする。その時にはゼネコンとか組織事務所は価値が出てくる。
g86-ゼネコンとか組織事務所の価値について例えば、ミッドタウンとか六本木ヒルズとか林さんはどう見られてますか?
林氏-ミッドタウンは事業として高得点とはいえると思います。あれはいろんなところがスポンサーなんだけど、それは大企業や保険会社つまりその先にいるオーナーはめぐりめぐって世の一般人たちでもあるわけです。ミッドタウンに関して言えば、そういう人たちが三井不動産に託して事業として取り組んでいるという見方をしたときに、上がってくるキャッシュフローなりバリューに欠損があったらまずい。そこでできるだけ安心できる投資の形としてああいうものを組み立てていきましたという見方としたとすると、リスクリターンバランスとしてかなり高い得点だと思います。それをさらに一ひねりしてさらにチャレンジして文化的貢献とともにリクスリターンバランスとしてさらに得点をあげるチャレンジというのはできないとは言えないかもしれないけど難易度はすごく高い。六本木ヒルズなんかはそういうチャレンジもしたうえでそれなりに高得点だと思います。六本木ヒルズは何が凄いって言ったらあの土地の権利をまとめあげたことだと思いますが。
西村氏-20年とかでしたよね。
林氏-すごいよね。僕はどっちかっていうとヒルズの方が好きですね。今はなんかネットバブル崩壊ライブドア問題等で独特な偏見みたいなのがあるけど、ヒルズの方がチャレンジはしてる気がする。ミッドタウンはプロジェクトリーダーの話を聞いたことがあるけど、すごく建築的なチャレンジをしたかったけど、リスクリターン等の重圧をすごくかかえていろいろ計算すると、真っ当なほうが真っ当なリターンがやはり出やすいと考えたそうです。僕らも企画開発の仕事をしていると、そのジレンマは常にありますね。7,8割の仕事は「異常なことは出来ない」っていうのは前提です。例えば容積全部使い切れっていうだけで表現の幅は限られるわけですよ。僕らの仕事で言うと、容積を使い切るっていうのはだいたいマストなんです。
鎌谷-例えばミッドタウンでは隈さんのファサードとかが経済側に利用されて、ひとつのブランドイメージが作られてるというか、どれくらいの経済効果があるかわかりませんけど、どうなんでしょうか。
林氏-利用されてるというと聞こえが悪く、むしろ頼られてると言ってもいいのでは?やっぱり建築家から見てるから事業主を悪の構図だっていうように見えてしまうんだと思いますが、そんなことはない。
g86-なるほど。
林氏-やはりディベロッパーは賃料をあげるために、建築家に頼ってみるわけです。だから安藤さんにもお願いするし、隈さんにもお願いしに行くわけです。クリエーター側から言うと、「ほんとうは建物全部やりたいのに」という思考がベースにあるからファサードデザインだけだと「利用されてる」という発想になってしまう。
鎌谷-僕らにはそう見えてしまいます笑。
林氏-当然クリエーターの発想として全部をインテグレートしたいっていうのは自然だけど、なかなかそうもいかないというところですよね。だけど仮にアトリエが、完全に彼らの求めていることを法律と安全のもとで信用力ある形でそういう体制で経験あるベテラン達もチームの中にちゃんといて、経済的に最適化しきれる、ということなら、建物全部設計させてもらえるんです、理論的には。だけどそれを本当に体制作ろうと思ったら組織も肥大化し、結果的にエッジなことができなくなるという中で建築家はアトリエというスタイルを選ぶ。だからある意味多少制限がかかっても実験的なことをやるんだという意志がある。それがフォスターぐらいになると意味が変わってくる。土壌も違うし。僕はそうは言っても、ある程度エッジの効いた組織事務所っていうのを作れるとは思います。建築家の名前をつけたアトリエを内包したホールディングカンパニーがあったとして、それぞれアトリエたちは全部別会社なんだけど、その代わりそのホールディングカンパニーに入ってきた仕事はフェアに振り分けて設計するような新しい形での組織事務所が出来るような気がします。その代わりインフラとしての設備なり構造なりは共有しましょうと。スターデザイナーのプラットフォームとして会社を作ることは出来そう。例えば日建がそういうふうに切り替えたとするじゃないですか、そしたら誰かが「もしかしたら自分があそこに入ったら巨大なプロジェクトを出来るかもしれん」と考えて、面白いタレントが集まるかもしれない。そうしたらたぶんデザインも変わっていくでしょう。

「雑誌別マーケット」
山道-林さんが売れるデザインなのか売れないデザインなのかを具体的に判断していくソースというのはあるんですか?
林氏-例えば友達で外資金融の人がいるとしましょう。そしてベンチャー企業をやってる人もいるとしましょう。さらにコンテンツ作ってますみたいな社長君がいるとしましょう。あるいはOLさんがいるとしましょう。で合コンしたとしましょう笑。
g86-笑
林氏-そこで、「今こういうの作ってんだけどどう思う?」と聞くと「ガラスばっかりで嫌な感じー」と言われて、雑誌何読んでるか聴くとAnecanと言われる。つまりAnecan系はこういう反応するんだとかわかる。というふうに雑誌別に見ると、CanCanは50万部でJJも50万部、でFigaroは5万部だとすると、それでマーケットサイズがなんとなく見える。ということは、シュプール系の人が好むマンションの雰囲気なりデザインなりスペックなりというのはどのくらいのタイプのどのくらいの量の人に刺さるかっていうのがなんとなくわかる。こういうのはマーケティング活動としてあって、、、、って別に冷静にやってるわけじゃないですけど笑
一同爆笑
林氏-なるほど!というレベルなんだけど笑。ただ、例えば三軒茶屋に30戸の集合住宅を作ると言ったときにクリエーターのためのどうのとかデザイナーのどうのとかって議論をする人がいるかもしれないけど、ちょっと待てよと。三軒茶屋に住むことを考えるのはちょっと余裕のあるOLさんだなと推測します。その人たちというのは新宿西口系もいれば青山のファッション系もいれば大手町のOLさんもいるかもしれないけど、マーケティングとしてこういう人たちにちょっとこういう付加価値をつけてあげて計画をすれば人気が出るというプログラミングが必要なわけです。例えば間違って赤羽でシュプールみたいな路線で行ったって、いないんですよ笑。
g86-笑
林氏-ここにいるのはライフスタイル誌なんか読まない“にいちゃん”で、もうスポニチですと。
一同爆笑
林氏-このマーケットサイズは凄いです。東スポスポニチ、ゴング、週刊プロレス。その方が遥かに層が厚い。場所によってはそっち向けに安く作ったほうが正解であり世のためってことになるわけです。割り切っていえば。
g86-なるほど。
西村氏-レオパレスですね笑
林氏-そうそう笑。だからそういうプロジェクトだったら他の業者の方が安く作れるから差別化できないから我々はやりません。結果的には都心部の、まぁまぁ洒落たエリアのプロジェクトの方が関わることは多い。例えば芝浦の運河沿いでちょっと駅から遠いというところでCanCan系は引くだろうなみたいなプロジェクトがあったとすると、もっと面白いそれこそ感度の高そうな人向けにちょっと他と違う空間をバシっと作れば勝ちパターンだなって読み込んで行けるとワクワクする。そういうような計画を絞りこんでいくと売れるデザインというのを顕在化させることができてデザインできるオケージョンというか説得力が出てくる。
西村氏-R不動産で入居した人向けのパーティーがありましたよね。それが結構面白くてそこでいろんな人と出会いましたよ。そのあと仕事で一緒になった人もいたりして。そういう意味でいい感じでスクリーニングできてますよね。そういう人たちって5年後とか10年後にいずれR不動産で家建てますよね?
林氏-それも狙いですよね。R不動産を利用する人っていうのはカルチャー的に感度とかセンスで言うと、実はかなり上のほうだと思う。
西村氏-iPodを一番初めに買うような
林氏-そう笑。決してかっこつけスタイリッシュには表現しなくてむしろ三枚目の路線で押してる。いわゆるデザイナー物件っていうのを利用するのは中間層で、ウチの物件にソソられるのはもっと上の方の人たちみたいでお客さんは有名クリエーターが多いです。つまりは我々はセレクトショップが無い時代の不動産業界に対してR不動産っていうセレクトショップを作ったんです。尖がったものを作っても、売る場所が無かったら結局のところ作れないんです。
小林-こういった東京R不動産のシステムを着想したのは何か海外とかにヒントがあったからですか?
林氏-海外にはこういうのは全く無いんですよ。海外では成り立たない。東京ぐらいですよね、成り立つとしたら。大阪でも成り立つかもしれないけど。それはもともと戦略的にというか本当の意味での言いだしっぺというのは馬場正尊さんです。
g86-はい。
林氏-4年前くらいにリノベーションみたいな話が流行ってました。リノベーションってなんなのって思ってました。その辺のビルの一階が喫茶店からドトールに変わるのだってリノベーションですよね笑。
一同爆笑
林氏-ちょっとレトロっぽいかっこいい感じの内装のことを雰囲気でリノベーションって言ってたともいえるんだけど、それが一つのムーブメントみたいな形でちょっと流行っていました。日本橋の裏のほうの繊維問屋が潰れて空きビルが増えるって話があったときにちょっとアーティスティックな観点でボロビルをかっこよくリノベーションできたら面白いねという話になってIDEEの黒崎さんあたりとイベントやりましょうという話になって、ではボロビルを紹介するサイトを作ろうという。最初は日本橋の裏のボロビルだけ載せた超アングラな感じだったんだけど。それだと皆面白がるんだけど借りないんですよ。それで一方では作っていくというかプロデューシングしていくためにはやっぱショップを作りたいというのもあったので不動産仲介業という形をとってある切り口でセレクトしたサイトにしたほうが回っていくだろうと考えてました。僕が参画したのはそのあたりからです。
山道-R不動産の前身のサイトは「最初は東京に潜んでいる魅力的な住居や敷地を採集し、ウェブサイトに写真と解説付きで蓄積するただの図鑑だった」と馬場さんの文章を読んだことがあるのですが、そういった都市の隠れた可能性を発掘してある種データベースのように紹介していくっていうスタンスがアトリエワンのメイドイントーキョーと重なるベクトルを持っていると感じたのですがどうですか?
林氏-たしかに馬場さんはジャーナリスティックなりアカデミックなりのアプローチとしてメイドイントーキョーを見ていたかもしれないです。一方で、馬場さんと僕は視点が違うんですよ。というのは彼はジャーナリストでもあるし建築家でもあるのでアカデミックなところにもっと突っ込んでいて、そういう目線で捉えてやっていたというのも強いですが、僕はアカデミックな人間ではないので、メイドイントーキョーは楽しんで読んでますけど別に論文的な興味というのはあまりないです。
鎌谷-R不動産で施されてるリノベーションの範囲はどれくらいですか?
林氏-それは、サイトの物件の一軒一軒見てもらえればわかるんですが、リノベーションというものに関わるような物件は十個に一個ですね。あとは普通にバルコニーが広くて気持ちよいだとか、ちょっと古くて格好いいんじゃないとか、いい感じの庭付き戸建さとか。僕らが風情があるなぁ素敵だなぁと思うものです。
鎌谷-クリエーターの方とかに貸したあと、クリエーターの方がリノベーションしたものをご覧になったこととかありますか?
林氏-もちろんあるけど、ただね皆そんなにイジらないですよ笑
鎌谷-そうなんですか笑。
林氏-雑誌とかが皆言ってるだけで、賃貸で3年しか住まないのに、ちゃんとリノベーションしたら簡単に300万円行きます。壁と床変えるのに少なくとも6,70万円かかるから、格好よくリノベーションしようと思ったら数百万かかる。
鎌谷-クリエーターの方でもあまり変えないんですね笑
林氏-別にクリエーターって改装が目的なわけじゃなくて、自分に心地いい環境を作ることが目的っていうこと。みんなそんなに建築ばっかりにお金使わないですよ。
鎌谷-東京R不動産の出版している本を見るとたくさんリノベーションしてますよ笑
林氏-うちの会社が今まで1500件仲介したとして、あれぐらいいじってる感があるのは5パーセントぐらいかな笑。賃貸だと、退去するときは、自分のものじゃなくなっちゃうじゃないですか、だからできないんですよ。だけど古いものを買っていじるっていうのはそれはちゃんと資産として残るから、賃貸じゃなく買う時にはリノベーションっていうのは圧倒的に相性がいい。賃貸だと圧倒的に悪いですね。

「アウトプットすること」
西村氏-スピークとR不動産ってどういうふうに提携してるんですか?
林氏-R不動産はサイトのタイトルであり社名ではないです。ただしチーム名ではある。形上はスピーク社が運営主体で仲介をしていますが、考え方としては個人が集まって共同事業している形。
鎌谷-馬場さんがリーダーシップを発揮するというわけではないんですか?
林氏-メディアとしてのコンセプトリーダーは彼だし、やっぱりみんなの兄貴分ですね。みんな馬場さんが大好きで、「馬場さーん」みたいな笑。大事な時にいい意見を言ってくれる人として信頼している。ただし馬場さんは設計をやるけど、こっちは不動産実務をやる。不動産実務って、本当にベタで不動産まわって、オヤジ達と対決して、内見案内して契約書作るみたいな。そういう意味での商売そのものの部分には(馬場氏は)あまり関わらないかな。
g86-なるほど。林さんから見てアトリエ事務所のオープンデスクというシステムについてどう思いますか?
林氏-タダでもやりたい人がいるからタダになる。それが悪だとは僕は思わない。結局、市場原理でよいと思っています。アトリエの経営が苦しいというのも多々あるけど、ある意味ではそういう道を好きで選んでるわけで、それも悪ではない。ただそれに対して「俺は本当はそうしたくないんだ」と、「世の中おかしいんだ」と言ってたらそうじゃないでしょと。リアルに経済価値を与えていれば、そして需要供給のバランスが成り立っていれば対価はもらえるのです。アトリエ事務所がお客さんのためとか経済価値につながらない努力で時間を費やしてるんなら、収入が少なくてもしょうがない。でも、その努力は金のためじゃない、もっと偉大なものだったりするわけで、それでいいじゃないということもある。業界構造がおかしいのかっていうと極めて市場原理的にあるべくして今の状況があるなと思っている。ただ、直すことがあるとすると,建築のメディアの評価というのと学校教育みたいなその辺の体制が今おっしゃるように極めて文化的な目線ばかりで、都市とかなんとか言う割には、ほんとに何が都市の風景を変えるかっていう議論だったら財務処理とかマーケティングの議論になるんだけど、そういう議論はわかんないから放棄しているという現状がある。そこはもっとよくならねばとは思う。
山道-なるほど。コルビュジェの思想で言うと新しいライフスタイルを提案するために建築を使っていたりしたんですが、さっき林さんがおっしゃっていた、合コンで聞いてどういったものがいいか提案するという感覚というのはニーズに対し応えていくという感じなのですか?
林氏-ほとんどのディベロッパーはそうだけど、僕はそれは嫌なので、それをちょっと掘り出そうという感じの意識です。
山道-常に付加価値を発見させるという意識ですか?
林氏-それは発見させたいんだけど要するに「こういうのあったらどうなの?今はないでしょ?」「あーいいかも」「そんなのあんの?」という感じで、そこで「これだったら一割高くても欲しいと思う?」「欲しい欲しい」って言ったらしめたもんで、なかなか建築を説明するというのは難しいんだけれども、そういう発見をさせるっていうのが一番チャンスで一番目指すべきものですね。それでもやっぱり人によって求めるものとか刺さるものっていうのは当然違っていて、どの人は欲望をどの方向へ伸ばすかっていうのをスキャニングするというのが必要。あるいは逆に、この人にはこんなことを言っても全く刺さらないんだと知ることもできる。でもその人の興味が結構面白いことに向かってるかもしれないのに僕らは建築以外のものは面白くないというぐらいのオタク度があるじゃない。建築好きって笑。
西村氏-笑。
林氏-今の世代は割りと広いんですけど、僕らの世代はもうちょっとオタク度が高い。今の建築学生は昔よりもシャレてるんですよ。なんかストリートっぽくなってたりして。
g86-ストリート、、、苦笑
林氏-昔はホントに白シャツインテリ。笑。
西村氏-今、何歳くらいの人ですか?
林氏-35〜40歳くらい。もちろん有名な人の一部は違うけど。建築のことをずっと考えて、建築の仲間をライバル視して建築で夢を見る。それを繰り返して24時間すごしてると思考の幅はどうしても狭くもなる。でも、どの世界もエスタブリッシュが牛耳るのは当たり前だからそれがおかしいとか叫んでても、そんな暇はないというところがある。広告の世界も、広告批評とかブレーンとか読んでABC賞がどうとか言うんだけど、本当にワイルドな人はそんなことはどうでもいいと思ってやっている。エスタブリッシュを批判するよりも新しいパラダイムを勝手に作っちゃうくらいがいいと思います。僕はそんなクリエイティブな才能が自分にあるとは思っていないので、本当の意味でのクリエイションの中心ではないところでやっているけれど、逆に、クリエイションの中心にいる人たちは現状批判をする時代じゃないと思います。丹下時代とか黒川時代というのはそういうこともしながら、でも結果的にそういうことをひっくりかえすくらいのことを絵で表明して、政治力も持ちえて、やってたわけです。それは今はあんなにマクロじゃなくてミクロになってきてるけど。学校とか雑誌とかってそれぐらいのものじゃないですか。
山道-どんどんアウトプットしてしまう感じですね?
林氏-そう。面白いと思うことを夢中でやってると、柔軟なメディアから付いてきてくれる。その分野の古い雑誌が取り上げてくれるのと、全然違う分野の雑誌がおもしろがって取り上げてくれるのと、どっちが嬉しいかと思うかというとそれぞれで、やっぱりエスタブリッシュに評価されたいっていう人はそっちの方へ行くし、むしろファッション誌に評価されたいっていう人はそうなっていくだろうと思います。どっちかというといい意味であなたたち三人の場合はエスタブリッシュに違和感を感じるタイプの文化の人たちなんだから「だから僕らはこういうふうにやるんだ」という風に突っ走るといいですよ。疑問を解くというよりはアウトプットしていっちゃう方がいいですね。

「オフィス設計」
林氏-はじめにも少し触れたけど、次にやろうとしているのは中規模のオフィス設計の世界でやってみようかと。この辺とか歩いても街の風景ってほぼ中規模の賃貸オフィスで出来てますよね。
g86-そうですね笑
林氏-ほとんどの人にとっては今の退屈なビルでもそれで“OK”だった。でも、15パーセントくらいの人にとってはもっとチャレンジしたものが受ける時代になってきている。 集合住宅の世界ではそういう動きがここ十年であったんだけれども、そろそろ都心部のオフィスに関してそういう動きが出てくる。
山道-やろうとしているのはリノベーションじゃなく完全な新築ということですか?
林氏-新築です。もちろん新築じゃない物件のマッチングもやるし、オフィスだと結構リノベーションをやるからそこの仕事もやるけど、あとは新築の開発の仕事。例えば、センスあるオフィス環境を作ろうっていうテーマがあるとしましょう。多くのベンチャーにとってのテーマでもあると思います。いわゆるアトリエ事務所の世界だとこういう概念じゃないけどね。だけどこういう感じのやわらかいテーマがあると、こういういい感じのビルというものも一つ必要だと。
山道-オフィスビルを新築で設計するときにどういった形になっていくのか気になりますね。新築となると、リノベーションではないので全部設計できてしまうからそこにどのようにR不動産のマインドが含まれていくのかが興味があります。
林氏-東京R不動産の仕事と、スピークによる企画ものの仕事っていうのは結構切り離されているんですよ。スピークで作ったものをR不動産で賃貸するっていうのは当然あるんだけれど、スピークで新築を企画開発するときにはR不動産的な三枚目的思考でやるのはなかなかベストソリューションになりにくいっていうのがあるのでR不動産のマインドはベースにはしません。設計のファンクションっていうのが出来たのも最近で、宮部浩幸という北河原事務所出身の僕の同級生が率いてくれていてようやくできるようになりました。考え方としては、さっきのプラットフォーム的な感じで、メディアに出す時にはまず個人の名前を先に出していくと。
山道-流通と設計を一緒に考えられるって建築の形としては素晴らしいですね。
林氏-そうですね。特に事業用に関して言うと流通をやってないと求められるあるべき姿っていうのがわからないですよね。こういうものがもとめられているんじゃないかと議論しながらデザインするのがバリューをあげると。でも実際それだけがあるべき姿かっていうとそうじゃなくて24時間空間のことだけを考えてる人の方が更なるクリエイティビティーを生んだり、そういう集団の異常な熱気の方が強度があるというのはあると思うので、僕らのスタイルが唯一無二ではもちろんないです。やっぱりクライアントも有名アトリエに頼みたい欲望があるわけですよ。バランスがいいことよりも“すごい何か”みたいなものにあこがれることもありますよね笑。
g86-笑
林氏-だから名がたったアトリエってやっぱり仕事があるわけですよ。あと僕らが他に出来ることとして物販もあるなと。そうすると、このために必要なものもメーカー横断でカタログ化しようということになる。パーティションもデスクも文具もなんでもいいと。そういうものをひたすらピックアップする。総務の人が、何年かに一度そういうのを買うことがあります。例えばデスク一つにしてもアスクルかカッシーナかはわからないけど調べますよね。そうときに、ここでデータベースとして集めておけば、内部空間にもいいものを蔓延らせるツールになりえるし、商売としても効率がよくなりえるなと思う。ブティックホテルじゃないけどブティックオフィス的な概念を立てて、それを一つのモデルとして作っていこうと考えています。

「最後に」
林氏-結局、僕とやりとりが生じる学生っていうのはそういうことで悩んでいる、ということが多いけれども往々にして考えすぎて、じゃあ何やりたいということが宙に浮いてることが多い。自分も昔そういうことがあったから痛感できる。当時ネットバブルで世の中変わる時期があったので熱かったんですよ。僕はネット方面へ行くかって思ったけどやはり建築へ戻ったのは、LAに出張に行ったときにフィリップスタルクのモンドリアンというホテルに泊まったことがきっかけでした。そのときに「な、なんだよこんなのあるのかよ」って感動して笑
g86-笑
林氏-それまで想像したことがない場というものがあって。入った瞬間、もう空気が違うんですよ。建築とかなんとかっていう見方ではないんだけれども、もう興奮しちゃって。その瞬間建築に戻ろうって思いましたね笑。もうソウルに響いた笑。そのときは人生で一番ワクワクした。
g86-すごい!
林氏-ゾクゾクすることを考えるのが一番ですよ。世の中を知れば知るほど真っ当になってしまいます。経済のシステムを解明してそれに応えていこうとすればするほど真っ当になってしまう。
山道-なるほど。ゾクゾクすることを考えます笑。
林氏-両方ですね笑
g86-わかりました笑。今日はどうもありがとうございました。