建築夜学校レポート

10月9日に建築学会館で行われた建築夜学校の第二夜『「ショッピングモール」とローカル・シティ』に参加してきました。

出演者は以下の方々。
パネリスト
中村竜治(建築家・中村竜治建築設計事務所主宰)
岩佐明彦(建築計画学者・新潟大学准教授)
芝田義治(建築家・久米設計設計本部建築設計部主査)
関谷和則(建築家・竹中工務店東京本店設計部設計主任)
モデレーター
南後由和社会学者・東京大学大学院学際情報学府助教
藤村龍至(建築家・藤村龍至建築設計事務所代表・建築文化事業委員)
コメンテーター
若林幹夫(社会学者・早稲田大学教授)


g86の山道も自身のブログ(shoojyoa)で今回のレポートを書いています。ショッピングモールは彼の論文研究テーマでもあります。


 括弧付きの「建築」では今まであまり語られることの無かったショッピングモールというテーマでこれから何を論点としていくべきか、問題を共有する場として開かれたこの夜は、パネリストも実に多様で、議論の種があちらこちらにばらまかれるのを目の前にして私の脳内は反復横跳び状態でした。その夜学校で考えたことを、断片的ですが書いてみようと思います。

 ショッピングモールと聞いて、思い起こせば大学3年生の春休みに、私は郊外にある某ショッピングモールで「動線調査」という1日だけの短期バイトをしたことがあります。ちょっとマニアックなバイトだと思いますが、大学のサークルなどが団体で参加したりもしていて、中にはリピーターもいます。商業系シンクタンクによるリサーチで、集められたデータはショッピングモールの経営に活かされるということでした。当時はただ「動線」という建築用語と「ショッピングモール」という普段建築学生が参照しないビルディングタイプに直感的に興味を持って参加していただけですが、いまこうして改めてテーマとしてとりあげられていて、隣では山道が研究対象にし始めていて、考え直してみると、確かにショッピングモールは確実に物理的な量をもって地上に存在している建築であるという事実をテーマとしてとらえることは、日本においてドバイの高層建築物のビッグネスを語ることより身近な上、重要かもしれないのです。
 さて、話を夜学校にもどしますが、パネリストの岩佐さんが提示した「インドア郊外」(郊外に置いては家と、車と、ショッピングモールが内部空間的な体験としてシームレスにつながっているという話)について少し疑問に感じたことがあります。というのも、郊外経験者でもある私の中でショッピングモールでの経験はシームレスではなかったからです。細かい話をすると、まず車内空間が居室化しているというのはとても理解出来ます。実際私も幼い頃は車内の後部座席の足下をビニールクッションで埋めて全面ベッド化していましたし、家と車内は家族のプライベートな空間としてほぼ等価とも考えられます。しかし、私にとってはショッピングモールの駐車場に入って車を停め、下りたところで、そこには断絶があります。駐車場とショッピングモールの間に私はいつも物理的にも精神的にも断絶を感じていて、それは結局ショッピングモールの物理的な大きさによるところがあると思うのです。例えば買い物が終わってエレベーターで駐車場まで戻り、あかるいフロアから一気にコンクリートの駐車場に放り出される時。そこで私はいつも現実に引き戻される瞬間を感じます。若林さんが「見える建築」と「見えない建築」と言っていましたが、ショッピングモールの駐車場において、私は「見えない建築」であるショッピングモールが見える瞬間をかいま見る気がするのです。ジャージでショッピングモールに来る人が、ショッピングモール内部で家のように過ごすという話は、都心においてマンガ喫茶で家のように過ごす話ともしかしたら変わらなくて、それよりも例えば、あの巨大なボックスのフロー空間の中と外をつなぐ接続部分で、物理的な大きさに機縁する人と建築、あるいは土地とショッピングモールの断絶を観察することができるとか、身体論にも経験論にも社会論にも陥らない建築論を構成していくべきだと思います。
 ショッピングモールを語るときに、客観的に物理的な存在事実を語るか、人々の経験として語るか、もちろん運営側が語ることもありますが、いくつか視点があるなかで、建築の観点からは、例えば上に述べたような断絶があるとして、それを建築的な方法で壊すとなると一体どうなるかとかそれを変えていくことが、新しい郊外のショッピングセンターのありかたにつながるなど、このテーマが、ショッピングセンターをめぐる地域のありかたそのものに影響を及ぼす議論になっていけばいいと思いました。
 一方で、最近は郊外のショッピングセンターがつぶれていったり、車社会が難しくなってきている状況というのもあるので、建築がそういった社会状況の中でどうショッピングセンターをかこっていくか、いろんな人をまきこんで考えていきたいものです。

以上、短く内容が偏ってしまいましたが、g86坂根のレポートでした。