vol.2 ソニー株式会社 ファシリティ部 豊島弘之氏

g862007-09-23


大学の授業の一環で一週間京都に実習に行ってました。そのためブログの更新が遅れてしまいました。またその実習の内容をUPできればと思います。


さて、以下にソニー株式会社 ファシリティ部の豊島弘之氏のインタビューをUPします。オフィス、社会におけるコミュニティーの形成、形式知暗黙知等々興味深い大変貴重なお話を聞かせていただきました。


インタビュー内容

最初に、豊島氏からソニー本社ビルについてのお話を伺いました。

豊島氏ーまず、この本社ビルの概要を説明すると、設計は建築家の大江匡先生です。本社ビルを設計するにあたって求められるものは、やはり、存在力、求心力そして企業のイメージを伝え得るものですが、この建物は機能性を追求した、シンプルで非常に合理的なデザインとなっています。これがソニーのプロダクトの性格であって、そのイメージに合致したデザインをこのビルでも表現しています。

これから、具体的な部分をお話しますが、まずエントランス。君たち入ってきてどう思った?

g86ーかなり広いですね。

豊島氏ーそう。やはり本社なので、ゲストが世界中から集まってくる。そうなると、もうオフィスというより、エアポートかホテルに近い。建物内には、社員6000人が居住している。そうなると町と同じぐらいの規模となり、いわゆる「ビル」という単位よりも「シティ」の単位になってしまう。だから、1階から3階はすべて「コミュニケーションゾーン」としました。


また、このオフィスにはエスカレータを配置しています。実はこの建物は、約100m×70mというサッカーコート1面ぐらいの広さで、今までに無いぐらい大きなフロアを持つビルなのです。そのため、エレベーターだけを配置すると、フロア単位でぶつ切りになってしまい、フロア同士の関係が非常に疎遠になってしまう。そのため、フロアを大きくすればするほど、縦動線を強化しないといけない。そこで、エスカレータという連続性のあるリニアな縦動線を配置しました。


インテリアスペースプランニングに関する話をすると、オフィスにはスペース効率を上げることが不可欠な要素となっています。また、最近ではユニバーサルプランも流行していますが、その弱点はあって、なかなか個々人に対するアジャストが効きにくいのです。そこで、我々も試行錯誤した結果、デスクのデザインを見直しました。小さいデスクを使用する場合、大きいデスクが必要な時は別で購入する必要がある。継ぎ足していくと連結しなければならないため、管理業務も煩雑になります。そこで、ベンチスタイルの大テーブルをインフラとして配置して、フレキシブルに分けられるようにしました。つまり、足し算の発想じゃなくて割り算の発想なのです。例えば、8人対応のベンチテーブルを、スペースを考慮して6人で使用したりできる。

山道ー椅子の数だけを変えればいいと。

豊島氏ーそう。ありとあらゆるタイプに対してスペースを供給することができるわけです。

鎌谷ーそうすると、レイアウトはほとんど変えないのですね。

豊島氏ーそう。これは住宅のプレハブの発想と似ていて、同じユニットを設計しても2階建てにも1階建てにもなるという考えに近い。

鎌谷ーなるほど。

豊島氏ーあと「ノンテリトリアルモジュール」といって、自席を持たないスタイルを採用しているスペースがあります。こうすることで、人の増減やある特定の人と共同で仕事をする時などにフレキシブルに対応できるわけです。

山道ーフロア毎にスタイルは決まっているのですか。

豊島氏ー決まっています。例えば、エンジニアにノンテリトリアルっていうのは難しいことがあるので、ワーカーによってそれぞれに対応したインフラを提供しています。


それから、このビルの特徴的な話をすると、「ローカルコア」というものを採用しています。オフィスのONの空間、カフェなどのOFFの空間、この二つの空間だけじゃなくて、その中間的な要素の場が必要で、スナックを食べながら軽くミーティングするような場で、むしろ自由な発想が生まれるのではないかと考えました。そこで、その「ローカルコア」をエスカレータの周辺に配置して、フロアごとに違うデザインを採用しました。そうすることで、人の縦移動を誘発するので、フロアを越えたコミュニケーションも生まれるわけです。将来的には、むしろこのスペースの方が大きくなっていってもいいのではないかと考えています。パーソナルワークというのは、オフィスがなくてもできるような時代になってきていると思うのです。そうなるとオフィスというのはコミュニケーションをしたり、グループワークをしたりする場所へと変化していくかもしれません。


ここで一旦インタビューを中断して、ソニーのオフィスを見学させてもらいました。


「フロントランナー/アーリーアダプター/レイトアダプター/レジスター」

山道ー「ローカルコア」の場所って、みなさん実際によく活用されてらっしゃるのですね。

鎌谷ーみなさん本当にフランクな形で話をされていたのが印象的でした。

豊島氏ーそうだね。あのような場をデザインするにあたって、デザイン側がこう使えというのはあまりいいことではない。だからなるべく素材だけを提供して、それを使用している様子をみて、少しずつ自分たちで工夫しながら、自分たちが使いやすいように変わっていくと、それがやはり理想の姿だと思うのですよね。だから、現在はまだ完成形では無いのです。デザインやプランニング側が陥りやすい罠は、ユーザーよりも自身の方がプロフェッショナルだという誤解なのですね。設計の知識や情報はいろいろ持っているのだけど、ユーザーとしての立場からいうとそんなに変わらない。だから、いかにユーザーの目線でユーザーと会話し、良い部分のデザインをプロモートしていくかということが、我々のようなプランナーには必須の条件なのです。

小林ーユーザーが発信している情報をどのような形でフィードバックしていくのですか。様子を観るというのももちろんあると思うのですが。

豊島氏ーまず、そういう「オブザーベーション」というやり方もある。それと実際にアンケートをとって意見を聞くというやり方もある。それから、面白いのは、ユーザーは、「フロントランナー」「アーリーアダプター」「レイトアダプター」「レジスター」の四種類に分類できる。「フロントランナー」はとにかく新しいものが好きで、いわゆるクリエイティブな人間。こういう人たちはどんな素材を与えても自分で好きにアレンジすることができて、どんどん良い方向へ変わっていく。だいたい1/4。「アーリーアダプター」は「フロントランナー」達の仕草をよく見ていて、自分もできそうだなと思うまでは行動は起こさない人。うまくいけば「フロントランナー」に追随してくれる。これも1/4。「レイトアダプター」は、マジョリティにならないと自分も動かないという人。これも1/4。「レジスター」は、何をやっても反対する人。こういう人たちの意見を汲み取ると、自分たちが代表しているかのように勘違いしてしまう。だからその上の3/4の人たちにフォーカスを当ててヒアリングをしています。

鎌谷ーこの考えは非常に面白いですね。オフィス内だけじゃなくて、社会の状況さえも的確に表していると思います。オフィスってやはり社会の縮図ですね。

豊島氏ーまさにそうだよね。

山道ー実際にこのオフィス内にも「レジスター」はいますか。笑

豊島氏
ーもちろん。たくさん。笑 実は「レジスター」は「レイトアダプター」になることもあるので、そうなってくれると強力なサポーターになってくれたりします。



形式知暗黙知/表層と深層」

鎌谷ー今の段階で挙がっている問題点はありますか。

豊島氏ーありますよ。デスクのフレキシビリティの問題で、半分の大きさでいいとか、打ち合わせコーナーと執務スペースを隣接させたいなど、そういったニーズが実際にあるのです。そこで、デスクのレイアウトにさらに自由度を与えるために様々な実験を行いました。その案を簡単に説明すると、レゴの発想を導入したのです。まず背骨と肉を分ける、つまり骨組みと天板を分けるということを考えました。そうすると天板をはずしてその部分をミーティングスペースにするなど、様々な形がそこで可能になる。そして、部品点数を最小化し、ツールを使わずに即興的に組み立てられるようにしました。そうなるとどんどん内部空間は柔らかくなってくるわけです。それぐらいのフレキシビリティはこれからのオフィスには不可欠になってくると思います。


やはり、ITとともに家具というのはオフィスにとって強力なツールになる訳です。ITというのは、形式的なものをつくるのに非常に優れていて、考えているものを具現化するのに強力なツールになる。だけど、実際はその前の企画段階が大事で、それにはアナログコミュニケーションが不可欠なわけです。そこで発案されたことをITが具現化するという様に、暗黙知から形式知へ、形式知から暗黙知へスパイラルを起こす、いわゆるSECIモデルがスムースに起こるような環境を作ることが企業は非常に重要になってくるわけです。これは建築にも当てはまるのではないかな。


山道ーそうですね。最近建設されたビルでも、建築家はブランドとしてファサードやインテリアなどしか出来てなくて、何かちぐはぐなイメージがあり、全然コミュニケーションがとれてないように感じるものもありました。やはり、こういう状況だと、表層の部分しか出来なくて、什器のレイアウトとかそういった部分でユーザーの意見が反映されない。だから最初の暗黙知のやりとりというのが、規模が大きくなると重要になってくると思います。

豊島氏ーそうだね。やっぱりインプットが少なければ少ない程、表層的なアウトプットしか出せないのですよ。

g86ーなるほど。

豊島氏ーその表層的なアウトプットをただファサードにペーストしただけの建築は、まず人を感動させないし、ユーザーの使い勝手に関しても、考えられたものはできないわけで、非常に関係が希薄になってしまう。だから、暗黙知の部分、深層の部分からともに作り上げるというのが、重要になってくると考えられますね。

鎌谷ソニーのこのビルは、そういった意味では、表層と深層、形式知暗黙知のキャッチボールがうまくいっているのではないかなと僕は思います。

豊島氏ーこのオフィスビルは「建築」というか「彫刻」的なのですよね。後からどんどん削れるとかね、また新しいものを入れられるとか、そういう感覚で作らないとね。これで終わりってなるとやっぱり「表層建築」に成らざるを得ないと思いますね。だから、常に現在進行形で形式知暗黙知のキャッチボールをすることが大事なのですよ。

山道ー最近のブランドのビル群でも建築家はパッケージングしかできなくて、中の空間はほとんど触れなかったりして。やっぱりそういう規模が比較的小さいものでも、形式知暗黙知のキャッチボールがうまくいってないのですよね。

豊島氏ー外観が面白い建築っていうのは場合によってはいいと思う。インとアウトが上手くコラボレーションすれば、非常にコーディネートされた建築が出来る。



「組織図=ゾーニング

小林ービルをフェーズゼロから作るにあたって、経営戦略をどういう風に設計の方にパラフレーズしていくのですか?

豊島氏ー例えば、どこの部門の人が増える傾向、減る傾向にあるか、どことどこの部門がコラボレートすると良い効果が出るかなど、そういった考えをトップの意思と沿わせながらゾーニングをしていきます。それは非常に大事で、そこの部分を疎かにすると、全体的なスペース効率が悪くなったり、創造的な環境が崩れたりするわけです。

小林ーつまり、今後の組織図を作るのとゾーニングをしていくことはリンクしていると。

豊島氏ーそうそうリンクしている。ただ、トップがこう言ったからみたいなことだけでは許されなくて、部門の人たちはどう考えているのかということも同時に考えなくてはいけない。それをいわゆるプロデュースコーディネートっていうのだけど、それは設計の最中にはできないよね。設計の前段階からきちんとそういうことをしていく必要がある。そうするとコンセプトからスペックから何からかなり明快なものができるわけであって、余計なモノが排除され、機能的で、その機能そのものがデザインの美しさの原点になるかもしれない。



「弱い親和力」

鎌谷ー先日、あるベンチャー企業に取材に行ったのですが、社風が非常に心地よかったのです。社員同士の関係もフラットで、様々な話題が飛び交っていて、おもちゃや雑誌なんかも豊富。色々なことに柔軟に取り組めるような雰囲気がそこにはあったのです。だけど、それはベンチャー企業で少人数だからということがあって、普通の企業は千単位万単位な訳で、そうなるとやはりコミュニティの形成の仕方も複雑になってきて、何かハードによる強い統制を強いがちになると思うのです。しかし、このビルではあらゆる所でソフトによるコミュニケーションのデザインが図られていて、それが有効にコミュニティに作用している。これは今後のオフィスの設計のプロトタイプになるのではないかと。笑

豊島氏ー少人数だから柔軟にできるというのはあると思います。しかし大人数でやると少人数よりも何かを創り出すチャンスが増えると思うのですよ。

g86ーああなるほど。

豊島氏ー東京にしてもNYにしても、都市には面白い人、優秀な人がたくさん集まって、それで触発し合うから、何か新しいものが生まれやすいわけです。そういう場所をいかにつくるか。様々な人同士が化学変化を起こしてスパイラルアップしていくそういった環境をいかに作り出すかってことが非常に重要なことだと思う。

鎌谷ーグラノヴェッダーという社会学者が、密接なコミュニティを形成しているクラスターより、クラスター同士を結び付ける「弱い親和力」の方が実際は社会に対してはるかに影響力があることを証明したのですね。そういった意味では、ソニーのローカルコアのスペースも、例えば本社とエレクトロニクスというレベルで見れば、「弱い親和力」を生み出す場になっていると考えられますね。

豊島氏ーパーティ文化というのは日本では定着していないけど、やはりパーティというのはそういう意味では非常に効率的なところがあるわけです。日常的にパーティが行われれば、絶えずクラスター同士の触発はある訳で、そういう環境をいかに作っていくかってことが結構大事なことかなと思いますね。

小林ー大江匡さんの事務所でも、かつては天才が一つ一つデザインをしていくような考えがあったらしいのですけど、今は、先程おっしゃられましたように、触発する回数をいかに増やすかってことに力点を置いているらしくて、ローカルコアや例えばコーヒーメーカーの前とか、そういう場所がやはり重要になってくるのかなって思いました。



「会社間のコミュニケーションからビジネスパートナーとのコミュニケーションへ」
山道ーこのオフィスは賃借ビルですけど、100m×70mぐらいの大きなスラブだと様々な企業が入ってもうまく機能しそうですね。

豊島氏ーそうそう。インフォメーションセキュリティの問題もあるけれど、究極的には、パブリックスペースでコミュニケーションをとるスペースと情報セキュリティを守る所と上手く分けることができれば、会社を越えたコミュニケーションがとれるビルが出来るかもしれないね。情報のオープン化というのは避けられない流れなので、会社からグループ間のコミュニケーション、グループ間のコミュニケーションからビジネスパートナーとのコミュニケーションまで進む可能性は十分にあると思う。そういう意味で面白いのは、ミッドタウンに全くカルチャーの違う会社が同じインフラの中に入っているけどあれは一つの事例かな。

鎌谷ーそこでもまた「弱い親和力」が働く。

豊島氏ーそうそう全く違う会社がね。今は全く別だけど、今後は融合していくと思うよ。その時は面白いことが起こるのではないかな。

g86ー今回はありがとうございました。何か非常に重要なキーワードを幾つか発見することができました。本当に楽しかったです。

豊島氏ーこちらこそ、楽しかったです。